目に見えない苦しさ

ほとんどの方はご存知だと思いますが、最近、野球界で大きなニュースがありました。メジャーリーグで活躍されている大谷翔平選手の専属通訳であった方が、違法ギャンブルと窃盗の疑いで捜査されている、というものです。多くのメディアが、彼はギャンブル中毒であった、と報道しています。これらのことがどこまで正しい情報なのかは、捜査が進められていく中で少しずつ明らかになっていくものと思われますが、今日は、中毒(アディクション)について少し書いてみたいと思います。

まず、中毒といっても様々な種類があります。私たちが日頃よく耳にするものではアルコール、麻薬、ギャンブル、仕事、買い物、もしくは恋愛、といったものがあるでしょう。ここでまず一つ言えることは、表れる形は違っても、実は、中毒症状を持っている人には共通するパターンや原因がある、ということです。それにしても中毒とは厄介なもので、アルコールや麻薬などのせいで相当身体に影響が出ている場合を除いては、中々目に見えません。つまり、中毒という病気を患っていても、外からは気付かれにくいことが多いのです。特に軽度の場合や、中毒であることを隠すのが上手い人の場合はよりその傾向が強くなります。だからこそ大谷選手も、通訳の方と近い関係にありながら、起こっていることに気付くことができなかったのでしょう。

ただ裏を返せば、当事者の多くは、タイトルにある通り中毒症状について誰にも言えずに苦しんでいる、ということになります。むしろ、目に見えてくれてたらどれだけいいか、と一番思っているのは当の本人かもしれません。実際、違法麻薬所持で逮捕されたことのある俳優さんが、「逮捕された瞬間、本当にホッとした」と、インタビューでおっしゃっていたのを聞いたことがあります。ですから私たちは、当事者を責める、というよりも、その人がどうしてそのような状況に陥ったのか。何がそうさせたのか - というように考える視点を持つことを忘れてはいけないと思います。なぜなら、ほとんどの場合中毒は心の病気、つまり精神疾患が元になっているからです。少なくとも私は、そう信じています。

カナダの精神科医、Gabor Matéによる著書に、IN THE REALM OF HUNGRY GHOSTS、という本があります。本のタイトルを直訳すると、空腹な幽霊たちの世界で、という意味になります。この本の中で、中毒的な性質を持つ著者であるMatéは、自分自身の「症状」をも絡ませながら、中毒とは何か、どのようにして多くの人々が中毒になっていくのか、という深い考察を記しており、大変勉強になります。もしまだ翻訳されていなければ、いつか日本語に訳されることを切に願います。ここでは本の要点のみを説明しますが、たくさんの中毒患者と何年も接してきた彼によると、ほぼ全員の患者が幼少期にひどい虐待やネグレクトを受けていた、そしてその多くが歴史的に迫害を受けてきた人種的マイノリティーであった、ということです。これは、この本の中でも一番大切なポイントなのですが、このようなシンプルな事実は、中毒という言葉への偏見によるのか、意外と知られていない気がします。

また、私自身も賛同する彼のセオリーとしては、中毒患者は、自分の心の奥深くにある消えない痛みを、中毒しているもの(それが何であっても)によって和らげようとしている、というものです。この行為は、英語でself-medicateと言われています。噛み砕いて説明すると、医療機関やカウンセラーに頼るのでなく、それぞれが自分流のやり方で「薬(中毒しているものや事)」を使って、無意識に自分の病気を治療しようとしている、ということです。しかし、やはりそれはベストな方法ではありません。なぜなら多くの人が、上記の通訳さんが陥ったような、より深い問題を抱えていくことになるからです。一番良いのは、自分が病気であると認識したら出来るだけ早く、根本の原因を突き詰めることです。もちろん治療方法には様々なものがあり、症状だけをコントロールしようとするアプローチも多々ありますし、それも当然必要なのですが、私は、中毒という病気を本当の意味で治したければ、多くの精神疾患のように、根っこの問題を見つけてそれと向き合うことが一番大事だと考えています。が、それは簡単な作業ではありません。自分や家族の辛い過去、もしくは目を伏せておきたい問題を直視しないといけない訳ですから、怖い、嫌だ、面倒だ、などと感じるだろうし、普通はたくさんの勇気とサポートが必要になります。また、ほとんどの人がそこまで辿り着くのに時間がかかります。よって、そのような治療に辿り着けず手遅れとなってしまった場合に、上記のような事件が起きてしまう訳です(治療を始めるのはいつからでも遅くはないのですが、できれば早い方がいい、という意味です)。

今回は、あなたに中毒性がある、なし、に関わらず、上記のようなニュースを見た場合にこのブログの内容を思い出して頂けるといいなと思って書きました。というのも、そういった場合に「こいつ悪い奴だな」という視点で見るよりも、「この人の人生に何があったのか。可哀想な人だな」というように思いやりの姿勢を持つ人が増えることを願っているからです。実際その方が、より問題の解決に繋がりやすいし、そうなれば、世の中は少しずつ明るくなっていくと思いませんか?ですので、そういった考えを少しでも広めていけたら…という思いでこのテーマを選びました。また、もしあなたの周りに中毒の問題を持つ方がいらしたら、カウンセリング、セラピー、そして医療機関に助けを求めることをお勧めしてあげて下さい。手遅れにならないうちに。きっとその方には、心の奥底に何か傷があられるのだと思います。

参照文献:In The Realm of Hungry Ghosts – Close Encounters with Addiction- by Gabor Maté