ストレスと心理の関係

ストレスという言葉は広く使われていますが、そもそもストレスとは何か、ということについて考えてみたことはありますか?実はストレスにも種類があって、ある程度のストレスであれば、自分にとって良い効果をもたらす場合もあります。ただ、大きなストレスはもちろん、心身に悪影響を及ぼします。「トラウマというほどではないけれど、自分にはストレスがあるな」。今そのように感じている人は、非常に多いかと思います。今回は、ストレスとは何か、そして結構なストレスがある場合どうしたらいいのか、について考えていきたいと思います。

まず、先ほど述べましたが、軽いストレスであれば自分にとって良い場合は確かにあります。例えば、一番わかりやすい例は、テスト勉強です。まずストレスとは、別の言葉に置き換えると、不安、心配、もしくは自分にそのような気持ちを与える状況、と大体同じような意味です。つまり、少しの不安(=ストレス)があった方がテスト勉強をするようになるし、テストに対するモチベーションも上がる、ということになります。もう一つ例を挙げるとすれば、例え上手く行っていなくとも、自分の好きなことに没頭している瞬間、そういった時にも、ある程度のストレスを感じているはずです。さらに詳しく言うと、ビデオゲームや好きなスポーツの試合をしている最中とか、旅行先や行きたいレストランを探している時などです。誰であろうとも、ゲームや試合にいつでもすんなり勝てる訳ではないですが、そのことがまた、次はどうやって勝てるかを考えたりする楽しみに繋がっているはずです。それに、勝てない口惜しさはストレスかもしれませんが、それ自体が、テストの例と同じように次へ向かっていくモチベーションにもなるでしょう。旅行先や行きたいレストランも、すぐにぴったりの場所が見つかるとは限りません。それでも、最高の場所が見つかり、そこへ行って楽しい思いができるはず、という希望を持つことさえできていれば、多少時間はかかっても、ストレスを楽しみに変えていくことはできるはずです。

では、自分にとって良くないストレスとは?それは、ストレスのレベルが、上記に示したような軽い程度を超えている場合です。さらに言うと、最終的に状況が改善されて物事が上手くいく気がしない時、ストレスの量はぐっと増えます。こういった場合のストレスの減らし方は、大きく分けて3つありますので、それらについて詳しく書いていきます。

1.状況が絶対に改善しない場合

この場合は、自分が今いる状況を改善するというよりも、その場から去ることを考えることが、ストレス軽減に繋がっていくはずです。例えば学校でのいじめや、職場でのハラスメントでこういった例は多々あると思います。家庭での暴力問題などの場合も当てはまるでしょう。最初は誰でも、まずその場に留まり、どうにかしていじめやハラスメントをなくしていく方向へ向かいたいと願うでしょう。でも、状況を改善できるラッキーな場合はなかなかないのが現実です。なぜならこういった場合、いじめやハラスメントをする側に深い問題があることがほとんどで、そもそも「はいそうですか」と止めるような人は、最初からそのような問題行動を取らないからです。ですから、以前DVの回にも書きましたが、もし今あなたがそういった環境の真っただ中におられるならば、できるだけ早くそのような場から去っていいのです。もちろん、それが難しい場合も多いと思いますし、その場を去ったからといって、人生が急に楽しくなる訳ではないかもしれせんが、大切なのは、自分の中の声を聞くことです。自分の脳に危険を察知している部分があり、心が、身体が、危険回避を求めていて、そういったサインがストレスとして出ているならば、それはもう、その場を去らなければならない充分な理由になります。

2.状況が改善しないと思い込んでいる場合(実際は改善する見込みもある)

これは、状況が1.の場合ほど厳しい訳ではないけれど、情報不足や誤解などによって起こり得るケースだと思われます。その結果、ストレスが消えない、ということになります。例えば、同僚や友達の態度が、どこか自分だけに冷たい気がするが、決定的な証拠はない、という場合。一番良いのは本人と話し合うことなのだけれど、自分に勇気がないのでそれはできない。その結果、その選択肢をはなから諦めてしまっている、というようなことはないでしょうか。もちろん、そのような真剣な話し合いの場を持ちたいと切り出すのは、ハードルの高いことです。でも、大体においてこういった場合は、本人と直接話すことによってしか問題は解決しないし、それをしないと、状況は一生変わらないかもしれません。ただ、問題を解決するために、人に助けを求めてはいけない、という訳ではありません。信頼のおける相手に話し合いの場を作る手伝いをしてもらったり、第三者としてその場にいてもらう、ということは全然ありです。むしろ、そうしないと事が前に進まない場合もあるでしょう。当然、助けを求める人物を間違ってしまうと、事態がより複雑になることもありますが、筆者がここで強調したいのは、例え個人的な問題であっても、いつでも一人だけで解決しようとしなくてよい、ということです。良い例が、医者や学校の担任などと面談する時に緊張してしまう、そんな時です。そのような場合は、ちょっとしたストレスですよね。それなのに、家族や信頼できる友人についてきてもらう、というオプションを、なぜか多くの人が考えないのではないでしょうか。自分が、自分よりも高い地位にある、もしくは自分をどうにかできる権限を持っている人と話すのは、誰だって怖いものです。ですから、本当は、そういった場に味方を連れて行って良いのです。もちろん、セラピーやカウンセリングもそれと似ていて、間接的に人に頼っている、ということになります。人に頼る、それをとてもネガティブなことだと捉えている人は多いかもしれませんが、人間は日々、お互い助けたり、助けられたりして生きているので、人に頼るということは至極当たり前のことなのです。むしろ、早めに人に頼らないと事態が悪化し、最終的に、より周りに迷惑をかけてしまう、ということも多いです。また、「人に頼る」ということは、時に、自分の命を救うことにもなるほど大切なことです。ぜひ、覚えていて下さい。

3.努力次第で状況は改善するはずであるけれど、努力をする気にならない場合

こういったケースは、少し複雑ですね。2.の場合は、自分が何をしても無理だ、と諦めてしまっている場合ですが、それと違って、どうすればいいかはわかっているけれど、やりたくない、やる気が出ない、という場合です。この場合は、なぜ自分が、ストレスを減らすための努力をしたくないのか、その理由がポイントになってくると思います。多くの場合は、今現在直面しているストレス源よりも、もっと深く大きな問題がその下に隠れているけれど、それを見ないようにしているからではないでしょうか。例えば、受験勉強したくない、という場合。それは、そもそも、なぜ受験をしないとならないのか、という根本的なところがあやふやだから、ということかもしれません。親があの学校に行けと言ったから、とか、周りの皆が行くから、という理由だけで自分の人生を決めていたら、それは無気力にもなるでしょう。ですので、そういった場合は、そもそも自分の人生をどうしていきたいのか、ということを深く考えてみることをお勧めします。たとえ、今は自分でやりたいこともわからないし、選択肢が他にないからそうするしかないんだ、と気付いたとしても、自分である程度納得がいく答えが出さえすれば、少しはものの見方が変わってくるはずです。もう一つ例を挙げるとすれば、結婚生活が上手く行っていないけれど、自分のパートナーと良い関係を築く努力をしたいとは思わない、という場合。これも、相手への愛情はなくなってしまっているのに、離婚などをしてしまうと、経済的な問題に直面してしまう、ということが本当の問題かもしれません。ですから、一見、自分のストレスはパートナ―に対するものかと思いきや、根本的な問題は実は深く、自分が自分に対して感じている無力感とか、自信のなさとか、社会問題(学歴社会、女性差別問題など)とか、そういった根本的な問題が存在している可能性もあります。それはあまりにも大きな問題なので向き合う気がしない、もしくは向き合うのが怖い。それで自分の中で無意識に、比較的小さな問題とすり替えてしまっている、そういう人は、非常に多いです。

これは余談になりますが、セラピーに来られる患者さんの多くが、セラピーのセッションの間に「これを解決したい」と最初に持って来られた問題とは別の、もっと根本的な、自分が持っている深い問題に気付かれることがほとんどです。セラピーとは、自分では気が付きにくかったり、潜在的に向き合うのが怖いと思っているような大きな問題を考え、共に解明していく作業です。そういったことを含め、もう一度、ストレスとは何か、上記に示した3つのストレスへ対応の仕方について、考えてみられたら、何か新しい気付きがあるかもしれません。